東京高等裁判所 昭和27年(ネ)1475号 判決
次に、被控訴人が本件家屋の保管義務に違反したことを理由として本件賃貸借契約を解約した旨の控訴人の予備的請求原因について審按するに、被控訴人が本件家屋の玄関の幅一尺、長さ一間の板、四畳半の居間のうち三畳の部分の床板、台所の板敷のうち幅四尺、長さ一間の部分を取り外し、これらの部分を土間としてネームプレート製作の仕事場としたことは当事者間に争がなく、被控訴人は、右四畳半の床板が腐れ落ちそのままでは危険なのでこれを取り除けたに過ぎず、台所の板敷も腐朽して自然に落ちたものであると主張するけれども、原審証人高橋ウタのこの点に関する証言はたやすく信用することができないし、他に右主張をみとめるに足る証挙はない。而して、原審並びに当審における検証の結果によれば、右四畳半の居間を土間とするについてタル木をも切断してあること、台所と四畳半との境にある鴨居の右端(玄関より台所に向つてみた際の右端)が幾分下に傾き目測約五度の傾斜をなしていること、大部分の屋根瓦が多少下にずれていること及び玄関入口右側の土間には、裁断機一台、テーブルその他ネームプレート製作に使用する小道具などが据え置かれていることが認められ、右鴨居の傾斜屋根瓦のずれ落ち等が、被控訴人のなした前記改造に直接原因するものであるかどうかはこれを認めるに足る証拠はないけれども、右検証の結果によれば、本件家屋全体が相当腐朽していること、又当審における証人国井謙三、控訴本人の各供述によれば、本件家屋に据え置いたネームプレート製作の機械による振動は相当大きいものであることが、それぞれ認められるから、ネームプレート製作のため本件家屋は振動の影響を受けて次第に破損してゆくであろうことがうかがわれる。従つて被控訴人の右改造は住宅としての本件家屋の用法に従う使用方法とはいい得ないし、賃借人としての善良な管理者の注意をもつて賃借家屋を保管すべき義務に違背するものと認めるのが相当である。被控訴人は、「控訴人は被控訴人のした改造を事後に承認したばかりでなく、右程度の改築は控訴人の信頼に背いたものとはいえないから、控訴人はこれを理由として本件賃貸借を解除することができない。」と主張するけれども、この点に関する原審証人高橋ウタの証言はたやすく信用できないし、却て原審証人龜山幸作、松本かつ、滝やす、丸山徳三郎、当審証人国井謙三の各証言及び当審における控訴本人尋問の結果を綜合すれば、被控訴人が本件家屋を改造し、機械を据えつけることについて控訴人が事前にも事後にも承諾を与えたことがないこと、却て昭和二十四年九月頃控訴人の母滝やすが被控訴人方において本件家屋を改造していることを耳にし、被控訴人の家族に対し「そんなことをされては柱がまがつて困る」と中止方を申入れたのに対し、「出るとき(家屋を明け渡すとき)に元通りに直せばよいだろう」といつて聞き入れず、その後訴外龜山幸作に依頼して更に同様の申入をしたが、被控訴人は応ぜず、前記のごとく家屋の改造を遂げ、ネームプレート製作の仕事もつづけていることがみとめられる。尤も、成立に争のない乙第七号証によれば「拙者賃借中家屋の内外を改造致し候節は明渡の際現形に復し貴殿へ御迷惑相掛け申す間敖候為後日証一札差入置き候」との記載があるけれども、原審証人龜山幸作、滝やす、当審証人国井謙三の各証言及び当審における控訴本人尋問の結果を綜合すれば、右乙第七号証記載のような合意は結局当事者間に成立するに至らなかつたことが認められるから、右乙号証によつては、前記認定をくつがえし、改造について承諾があつた事実を認めることができない。
しからば、如上被控訴人の所為は、賃貸借契約における信頼関係を裏切り、その契約関係の継続を著しく困難ならしめる不信行為であつて、かかる不信行為のあつた場合には、賃貸人は民法第五四一条の催告を要しないで、賃貸借を解除することができるものと解するを相当とする。(昭和二七年四月二五日言渡、最高裁判所判決、同裁判所民事判例集第六巻第四号四五一頁以下参照)